東海道新幹線を止めることなく
新大阪駅に新たな線路を造れ。
若きエンジニアの6年間の挑戦
-新大阪駅構内27番線新設プロジェクト-

STORY仕事を知る

平成20年のある春の日。東京駅を21時過ぎに発車した新幹線のぞみは0時前に新大阪駅に到着。
これで本日の新幹線の営業が終了した。だが、これから仕事の本番が始まる人々がいる。
名工建設を中心とする「新大阪駅構内27番線新設プロジェクト」のメンバーだ。

CHAPTER.0

始まり

東の品川、西の新大阪プロジェクト

収益の多くを東海道新幹線が占めるJR東海にとって、東海道新幹線の輸送力増強は最重要課題である。昭和39年の開業以来、輸送力アップのためのさまざまな施策が行われた。平成15年には新幹線品川駅が開業し、東京駅の混雑が大幅に緩和された。一方、西のターミナルである新大阪駅は、災害等の異常時におけるダイヤ回復能力の向上やさらなる増発への対応を目的として、平成19年、新大阪駅に新たにホーム1面1線と引上線(一時的に列車を本線から退避させる側線)2線、および検修庫の増設プロジェクトが始まった。

厳しい制約の中でプロジェクトが始まる

通常、何もない土地に鉄道を新設する場合もあるが、難しいのは既に営業している線路に新たな線路を増設する工事だ。列車運行に支障をきたすため、重要な工事は営業運行が終了した夜間しか行えない。さらに新幹線ターミナル駅周辺にはビルや道路、他社線が密集し、資材を保管するヤード確保さえ困難だ。
この逆境の中で、プロジェクトを進める軌道・土木・建築のメンバーはどのように難題に挑み、乗り越えてきたか。これは、困難に果敢に挑戦した名工建設の3名のエンジニアの物語である。

CHAPTER.1

軌道

巨大なレールを正確に敷設する。

まるで理詰めのパズルのように。

軌道部門

高木 充1996年入社

最初の一歩は、長さ60mの巨大な装置

軌道部門の高木充が直面したのは、まるで理詰めのパズルのように複雑な難問だった。

このプロジェクトでは、従来の新大阪駅の北側に上りの27番線を新設する。そのため、従来の上り本線の北側に新しい上り本線を通さなくてはならない。
「既存の下り本線の分岐器(図1A)が機能しなくなるので、西側に新しい分岐器(同B)を設置する必要がありました」

分岐器といっても、新幹線用のものは長さ60mにもおよぶ巨大な装置だ。それを工場で製造し、解体してトラックで現場直下まで運ぶ。線路の横では大型クレーンが使えないため、足場を組んで線路の近くまで持ち上げる。ここで再び分岐器を組み立て、ようやく現場に設置するための準備段階が完了する。

【図1】

【図1】

信号機の間をかいくぐるシミュレーション

いよいよ作業が始まる。作業時間は終電から始発までのわずかしかない。既存のレールを外し、枕木を外し、バラスト(石)を撤去して高さを調整し、分岐器を入れるスペースを確保する。次に専用の台車で分岐器を敷設場所に移動させ、専用の工具で分岐器を設置する。多い時には、一晩で400名近い作業員が関わることもある。

「問題は、線路の脇にある信号機や電線の支柱をどのように避けるかという問題です」

数時間後には新幹線が走る現場だけに、信号機を撤去するわけにはいかない。

「だから事前に関係者を現場に集め、信号機や支柱のわずかな隙間をかいくぐって移動できる方法を全員でシミュレートします」

設置後は10mでわずか2mm以下という精度で水平になるようにレールの高さを調整する。ここまでを一晩で完了しなくてはならない。一つ手順を間違えると取り返しのつかないことになる、複雑なパズルなのだ。

しかし、これは巨大なプロジェクトの始まりに過ぎない。その後は27番線に引き込むための上り線を新設し、既存の分岐器を撤去し、新たな分岐器を設置し、線路を切り替え、既存の線路を撤去する。そのたびに高木は膨大な準備を行い、このパズルを繰り返すのだ。

  • 軌道 写真1
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  • 軌道 写真3
  • 軌道 写真4
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CHAPTER.2

土木

線路の横でクレーンを使わずに

鉄骨を立てるという方程式。

土木部門

宇佐見 利毅1994年入社

難しい問題ほど、エンジニアの血が騒ぐ

一般的に、新しい線路を敷設する場合、土木部門の後に軌道部門が工事に入る。しかし新大阪駅プロジェクトでは、土木と軌道はほぼ同時にスタートした。

土木部門の宇佐見は、高山本線災害復旧工事や中央本線内津川橋りょう改修工事などの難工事をいくつも手がけてきた。しかし、これほど巨大なプロジェクトは初体験だ。

「でも、テーマが難しいほど燃えるタイプなんです」

今回の最大の問題は、営業運行する新幹線のすぐ隣に、平行して高架を造らなければならないということだった(図2)

「橋脚となる鉄柱を立てようにも、クレーンで建て込むことができません」

先輩や周囲のエンジニアに相談し、安全性と施工性、経済性を天秤にかけながら検討した結果、宇佐見は一つのアイデアにたどり着いた。

「橋脚を立てたい箇所にベント(足場)を組み、その上に軌条を敷き、台車で吊りながら運んではどうだろうと思いつきました」

こうして問題に突き当たるたびに智恵をしぼり、彼は一つずつ問題をクリアしていった。

【図2】

【図2】

現場で経験したことが力になる

しかし考えても答えが出ないケースもある。ある時、コンクリートの供給が約3カ月間ストップしたことがあった。こればかりは宇佐見ひとりの力ではどうしようもない。しかし3カ月も工事が止まると後工程に影響する。土木部門の遅れが原因で軌道部門、建築部門の工事がズレこむと大変な迷惑がかかってしまう。

そんな時こそ、現場の力がモノを言う。現場の力とは、緊急事態に臨機応変に対応できる瞬発力でもある。

「急きょ、コンクリートを使わない鉄筋工事や足場、型枠工事を優先的に進めると決め、手配を進めました。職人さんに頼み込んで、昼夜作業をお願いしたこともあります」

しかし宇佐見は、こういったトラブルを苦労とは思わない。むしろ、エンジニアとしての引き出しが増えたことを嬉しく思う。

「土木は経験工学。現場で問題を解決した経験の分だけ、自分の力になるんです」

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CHAPTER.3

建築

どうしても解けない問題の答えは、

緊張感でいっぱいの現場にある。

建築部門

一木 博貴2006年入社

長さ40mのトラス材の、ボルト穴の精度

建築部門が担当したのは、既存の検修庫(車両の検査・修理を行う専用の車両庫)の耐震補強と、新しい検修庫の増設。

「増設した建物は、間口が12~19.5m、奥行きが440mという大空間でした」と語るのは、建築部門の一木博貴。

その規模の大きさが、彼を悩ませた。

「通常の建築工事では見たことのない、長さ40mのトラス梁を両端で支えるという構造があり、これが一番の苦労でした」

ここまで長い構造だと、どうしても中央部がわずかに垂れてしまう(図3)。そこで両側から斜め上に引き上げて最終的に水平な構造にする。

「問題はボルト穴の位置。垂れる量を見越して接合部の穴の位置を決めるのですが、少しでもずれるとボルトが入らなくなってしまいます」

だから大量のトラス用の鋼材が工場からバックヤードに届くと、一木はすべての鋼材をチェックする。間違っていれば作り直し。時にはバックヤードで加工して修正することもある。そして夜になると高架上の作業現場に運び上げ、朝までに組み立てる。

【図3】

【図3】

逆転の発想で、建築物の歪みを解決する

問題はそれだけではない。

建物の安全性に問題はないが、平成7年の阪神・淡路大震災の影響で形状がわずかに変形していた既存の検修庫の外側に、新幹線の架線用のブラケットを装着するのだが、新幹線の架線が変形の影響を受けてしまっては大問題だ。

「逆転の発想で、建物のわずかな変形に合わせてブラケットの長さを変えることにしました」

そのために彼らは巨大な検修庫の形状を260mにわたって正確に測量し、27個のブラケットの寸法を一つずつ決めていった。

現場を見て、あるいは職人さんの様子を見て、安全性、納期、コストをにらんで工事を進める。そして完成した時、全員で感動を共有する。エンジニアなら誰もが同じだ。

ただ一つ違うのは、彼らの仕事は隣が営業中の線路という、厳しい条件の中で作業をしなくてはならないということ。

「でも、それがこの仕事の面白さなんです」

そう言って、一木は笑顔を見せた。

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CHAPTER.4

挑戦は続く

難題に挑み続けた6年間の日々が、

彼らの、そして私たちの力になる。

次のプロジェクトは始まっている

こうして6年もの間、営業を続ける新幹線を一度も止めることなく、彼らは線路のすぐ隣に高架を造り、線路を敷き、検修庫を建ててきた。そして平成26年3月、新大阪駅27番線プロジェクトは完了を迎えた。

このプロジェクトには、名工建設から延べ約30名ものエンジニアが参加した。

困難に対して全員がアイデアを出し、職人さんと協力し、安全に工事を全うしたという事実は、彼らにとって、そして名工建設にとっても大きな財産となるはずだ。

プロジェクトは終わったが、これからも新しい挑戦は続いていく。

東の空が白々と明るみ始めた頃、今日の作業が終了する。
JR東海では、始発が走る前に毎日必ず「確認車」と呼ばれる特殊な車両を走らせ、軌道に問題がないかを確かめる。
黄色と青の小さな車両が静かに通り過ぎるのを見送ると、彼らの夜が明ける。